我有LSD的日々

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サムガク理事長 長岡氏からの感謝状全文

拝啓
株式会社L・S・D御中
横道坊主 今井様・中村様・木谷様・橋本様
スリルラウンジ 向井様・永渕様
バリルブロンコ 前田さま
横道坊主ファンの皆様
スリルラウンジファンの皆様
バリルブロンコファンの皆様

ここ信州上田にも秋の足音がすぐそこで聞こえる季節となりました。
こうして皆様にご挨拶できることさえ不思議に思えるというのが正直な心境であります。
皆様のご厚情を頂きながらも
しっかりとした御礼とご挨拶がこんなにも遅くなってしまったこと
心よりお詫び申し上げると共に
ようやく嬉しいご報告が出来ることに感謝申し上げます。

今からおよそ一年前の10月5日、午後14時25分。
私は自らが命を賭して作った学園が燃え落ちるのを茫然と眺めていました。
何故ゆえにこの学園が燃えているのか。自らの過ち多き人生を振り返りつつも
釈然としない気持ちと
自分の悪運もここまでかと半ば諦めが心を支配していました。
恥ずかしながらよく覚えていません。
誰に声を掛けられても言葉は私の心に届きませんでした。

そんな状態も長くは続かなかったことも事実。
この学園を最後の砦として通っている生徒たちの眼が自分に注がれていることに
気がついた瞬間から正気を取り戻しました。
とにかく授業を再開せねば。
その言葉だけが自分をなんとかその場に留まらせていました。

消火作業がおわり
消防や警察の方々への説明がおわったあと
全ての職員を集めて今後について話し合いました。
泣いていても仕方がないし落ち込んでいる暇もない
とにかく明日学校に集合しよう。
とだけ決めて解散しました。

家に戻ったのは真夜中でしたが
一気にこの事実が押し寄せ
恥ずかしながら久しぶりに声を出して泣きました。

解散そして閉校。
考えなかったわけではありません。
それでも朝はやってきました。
皮肉なぐらいに真っ青に晴れ渡った秋空が教室から見ることが出来ました。
あの空を 私は一生忘れることはありません。
そして 我々が復興へのその一足を踏み出す勇気はすぐに訪れました。
翌日から全国各地から
沢山の方々が足を運んでくださり暖かいお言葉を届けてくださいました。
言葉の内容よりも
お忙しい中駆けつけて下さっている事実にどれだけ勇気付けられたか。
我々がどれだけ沢山の方々に支えていただいていたのかという事実が我々を奮い立たせてくださいました。

成沢社長はじめ
横道坊主の皆様
スリルラウンジの皆様
バリルブロンコの皆様のご厚情に
ファンの皆様がご賛同頂き、ライブごとに当学園への義援金をお集めいただいた事。
集めていただいた義援金を
わざわざお届け頂いた成沢社長に御礼申し上げた時
「これは俺たちが凄いんじゃないんだ。うちのファンの皆さんが凄いんだよ。
 だから頑張って。頑張っているだろうけど頑張って。」と
 激励の言葉を頂いたことを忘れることは出来ません。

こんな小さな学園の為に
皆様から頂いたご厚情に改めて厚く御礼申し上げます。

皆様をはじめ
全国各地から次々と義援金が寄せられ
わずか一ヶ月でお寄せ頂いた総額は一千万円を超えました。
この国では寄付文化は醸成しない。NPOという寄付を必要とする現場に生きながら試行錯誤を繰り返しながらも半ば諦めていたので正直、この事実を受け入れられない自分がいました。しかしです。
今までご支援し続けてくださった皆様からは「また一からだ。大丈夫。元々ゼロだったろ」と
そして一度もお会いしたこともない、名前も住んでいる場所も分からない人々からも
「サムガクが無くなっては困ります。応援しますからまた立ち上がってください」
と次々と寄せられる言葉に曇った心も晴れていきました。
「人の為にイキル。」それが絵空事のように語られてしまうこの社会で
「自分たちだけは真っ正直にそういう生き方をしよう。それが生きるモデルになる」と
独りよがりになっていた我々に
「我々だけじゃない。人の為にイキル人々はこの国に沢山いる。だとすれば我々は孤軍奮闘する必要はない。本当の意味で「完全民間立」みんなの学校を目指そう。」と考えさせていただけました。
ご支援くださった全ての皆様にお礼を伝えることが出来ない我々にとって
唯一お礼を伝える手段としては
皆様の想いがどのように使われたのかを具体的にすること。
そう
この義援金で新校舎を購入し、そこで再出発を果たすことであると。
灯台下暗しとはよくいったもので、こんな近くにこんな素晴らしい環境の物件が現れるとは思いませんでしたが、一目見た瞬間にここしかないと直感しました。
大借金をしなければならないリスクはありましたが
ここで再開できるというワクワクの方が上回り購入することに踏み切りました。
3月6日当日。全ての引越しを終え、無事新校舎にて卒業式を取り行うことが出来ました。
そこから本当の復興を目指した「サムガク復興プロジェクト365Q」を本格始動させ、完全寄付立の民間教育施設がこの国で実現するのかという挑戦を始めました。
その直後。3月11日。あの惨劇がこの国を襲いました。
あの未曾有の惨劇を目の当たりにしたときに我々の考えたことは
「我々の復興プロジェクトは中止し、今苦しんでいる被災地の人々の為に出来ることをやろう。」と翌日から県内初となる街頭募金活動を開始。生徒たちも大声を出して募金を呼びかけました。「それどころじゃないだろ。自分のところが大変なのに何やっているんだ」というお叱りも受けましたが、我々には学園があり、通う場所があり、仕事があり、家族がありました。そして、その今を、人々の支えによって手に入れることが出来ている我々が、この惨劇への支援の先頭に立たねばならないことは当然のこととして自覚していました。

我々の火災による災害。そして未曾有の大震災。続けざまに襲い掛かった台風の被害。
我々に起こったことと、この国に起こったことが偶然だとは思えない自分がいます。

今日本全体が被災地であり日本全体が苦しんでいます 泣いています。悲しんでいます。
一年前。我々も規模は小さかったけれど同じ心境を抱きました。
しかしそれを人々が支え、そしてわずか一年で我々は立ち上がることが出来た。
これは一つの奇跡でありそして「希望」になりうると思うのです。

我々が立ち上がり、再出発をするという事実がこの国がもう一度それをバネに立ち上がる「モデル」になると。
人は人に必要とされなければ幸せを感じることは出来ません。
人は人に支えられ生かされていることに気付かなければ優しくなれません。
この「苦難の壁」は我々人間にしあわせになる為に必要なことを教えてくれているのかもしれません。
それを体感し、幸せに生きながら、人々にペイフォワードしていく。そのペイフォワードがこの国を幸せに導く。それが本来の「学び舎」の役割なんだと思うのです。

だとすれば
この学園が生まれた理由。そして、再び立ち上がり再出発することに
宿命を感じざるを得ません。
使命とは 他人の為に命を使うこと
それを自分の命に宿すことを宿命と呼びます。
 

我々は今日この宿命のもとにこの学園を改めて船出させます。
どんな荒海であろうと
どんな困難が押し寄せようとも
我々は「幸せ」に向かって進んでいけるような気がします。
何故ならば
この学園は小さな集団がつくった8年前の小船とは違い
全国のこの船の進む先にある「光」を信じていただいた
沢山の人々の想いで出来た大きな船になったからです。

壁は人類を外界から守るゆりかごである一方、
より大きく天地に広がろうとする人類の自由意志を阻む檻であった。

人類は壁を築き、築かれた壁は人間を阻み、
阻まれた人類はいつしか古い壁を打ち壊し、やがてまた新しい壁を築く。
人類と壁の歴史は、
絶え間ない闘争の歴史である。

そうだとしたら
我々はその壁が見えないくなるほど遠く
その壁が見えなくなるほど高くこの学園という船を進ませようと思います。
この船出を実現させてくださった
全ての皆様に
学園一同心より御礼申し上げると共に
皆様のご期待に添える世界一幸せな学園を目指し
再開校することを宣言いたします。

音楽を通して
当学園の明日を御作り頂いた
皆様の未来に幸多からん事をお祈りしながら
法人を代表してのご報告と御礼のご挨拶とさせていただきます。

平成23年10月吉日
侍学園 理事長 長岡秀貴


***************************

遅くなりましたが、以上が長岡理事長からの感謝状であります。
ご本人様の許諾のもと、全文掲載させていただきました。(原文ママ)
このメール、10月末日にいただいておりましたが、
なにやら一部かなりこそばゆい表現もあり、
うーむとためらっている間に12月の終わりになってしまいました。
こんなにひっぱてしまって皆様申し訳ありませんでした。
何度も繰り返しになりますが、
バンドの呼びかけに応え募金してくださった皆様が素晴らしいのです。
私からも改めて心より御礼申し上げます。
ありがとうございました!!
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by naru_lsd | 2011-12-28 16:50

横道坊主・スリルラウンジのマネージャー成澤のBOOTLOG
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